個人事業主の債務整理は、売掛金・在庫・設備といった事業用財産と取引先との関係が手続きに影響します。
任意整理・個人再生・自己破産の選び方、事業を続けられるか、費用、税金の扱い、廃業後の手続きまで、自営業者が押さえるべき注意点を解説します。
売上が戻らないまま運転資金の借入だけが積み上がっている、返済のためにカードローンを使い始めた——個人事業主の借金は、こうして気づかないうちに膨らみます。会社員と違って収入が変動するぶん、立て直しの判断も遅れがちです。
自営業で借金が返せない状態に陥ったとき、最初に検討すべきなのが債務整理です。
個人事業主でも債務整理はできます。ただし会社員とは事情が異なり、売掛金・在庫・設備といった事業用の財産と、取引先との関係が手続きに直接影響します。事業を続けたいのか、たたむのかによって、選ぶべき手続きが変わります。
この記事では、自営業として事業を営む方が債務整理を検討する際に押さえておくべきポイントと注意点を整理します。
個人事業主が債務整理する前に知っておくべきこと
個人事業主の債務整理は、手続きそのものは会社員と同じです。異なるのは、判断材料に「事業」が加わる点です。
個人事業主の借金が膨らみやすい理由
自営業は借金があって当たり前、という言い方をされることがあります。設備投資や仕入れのための借入は事業活動の一部であり、これ自体は問題ではありません。
問題になるのは、性質の違う借金が混ざったときです。
- 収入の変動:売上が落ちた月の不足を借入で埋め、回復しないまま次の借入が重なる
- 事業資金と生活費の未分離:どちらの支払いなのか把握できず、総額を見失う
- 調達先の悪化:公庫や銀行の枠を使い切った後、年利15〜18%のカードローンやビジネスローンに移る
- 保証債務:信用保証協会付き融資では、返済が滞ると保証協会が代位弁済し、その後は協会からの請求に切り替わる
設備投資のための借入と、生活費を補うための高金利の借入は、まったく別物です。後者が増え始めた段階が、債務整理を検討する分岐点になります。
売掛金・在庫・設備が手続きに与える影響
個人事業主の債務整理で会社員と最も違うのがここです。個人事業主には換価できる事業用財産があります。
- 売掛金:法律上は財産です。自己破産では破産財団に組み入れられ、管財人が回収して債権者への配当に回します。差押えの対象にもなります
- 在庫・原材料:同じく換価の対象です
- 設備・車両・工具:評価額が一定額を超えるものは処分の対象になります
- リース物件:所有権はリース会社にあるため、支払いが止まれば引き上げられます
この結果、自営業者の自己破産は財産がないことを前提とする「同時廃止」になりにくく、管財人が就く「管財事件」になりやすいという特徴があります。個人事業主の債務整理で費用が読みにくいのは、この点が理由です。
差し押さえが来る前に動くべき理由
督促を放置していると、債権者は訴訟を起こし、確定判決に基づいて差押えを行います。個人事業主にとって深刻なのは、その対象です。
売掛金を差し押さえられると、取引先に債権差押命令が届きます。取引先はあなたの借金の状況を知ることになり、以後の取引が続かなくなる可能性があります。事業用の預金口座が差し押さえられれば、仕入代金や従業員の給与の支払いも止まります。
債務整理を専門家に依頼すると、受任通知が債権者に送付され、その時点で督促と取立てが止まります。差押えが実行される前に着手できるかどうかが、事業を残せるかどうかの分かれ目になります。
個人事業主が利用できる債務整理の選択肢
債務整理には任意整理・個人再生・自己破産の3つがあります。個人事業主が債務整理を選ぶ基準は、借金額よりも事業を続けるかどうかです。
任意整理|事業を続けながら利息を止める
債権者と直接交渉して将来利息をカットし、残った元金を3〜5年で分割返済する債務整理です。裁判所を通さないため、取引先を守りながら進めたい個人事業主の第一候補になります。
- 向いているケース:利息さえ止まれば3〜5年で完済できる/事業を続けたい/取引先を巻き込みたくない
- 費用の目安:司法書士に依頼した場合、債権者1社あたり5万円
- 取引先への影響:対象とする債権者を選べるため、取引先や仕入先を外せます。官報にも載りません
- 事業継続:可能。財産を処分する必要はありません
- 注意点:元金は減りません。売上が回復する見込みがなければ、返済計画そのものが成り立ちません
個人再生|財産を残したまま元金を減らす
裁判所の認可を受けて借金を大幅に減額し、原則3年で返済する債務整理です。住宅や事業用の設備を残したまま元金を減らせる点が、個人事業主にとっての利点です。
個人事業主が使うのは、原則として「小規模個人再生」です。もう一方の給与所得者等再生は収入が安定していることが要件のため、売上が変動する自営業では利用しにくいためです。
ここに個人事業主特有の落とし穴があります。小規模個人再生では、債権者の頭数の半数以上、または債権額の2分の1を超える反対があると再生計画が否決されます。取引先が債権者に含まれている場合、関係が悪化していれば反対されるおそれがあります。
- 向いているケース:元金の減額が必要/店舗や設備を残したい/自己破産は避けたい
- 費用の目安:申立手数料1万円のほか、官報公告費、個人再生委員の報酬などがかかります。専門家報酬とは別に、裁判所へ納める費用が数十万円規模になります
- 事業継続:可能
自己破産|返済の見込みがない場合の最終手段
裁判所に免責を認めてもらい、返済義務そのものを免除する債務整理です。
- 向いているケース:返済の見込みが立たない/廃業もやむを得ないと判断している
- 財産の扱い:売掛金・在庫・設備は原則として換価の対象です。ただし自由財産として、99万円以下の現金と、評価額20万円以下の財産は手元に残せます(運用は裁判所により異なります)
- 費用の目安:東京地方裁判所の場合、申立手数料1,500円、予納郵券4,950円に加え、予納金が必要です。同時廃止事件なら11,859円ですが、個人の管財事件では最低20万円+18,543円(同庁の公表資料より)。個人事業主は管財事件になりやすいため、この20万円を前提に考える必要があります
- 事業継続:原則として難しくなります。ただし免責後に再び事業を始めること自体は法律で禁止されていません
- 注意点:税金や社会保険料は免責されません
なお、個人再生と自己破産の債務整理では、司法書士は書類作成の支援が中心となり、代理人として手続きを進められる範囲が限られます。依頼先を選ぶ際に確認してください。
個人事業主が債務整理する際の注意点
どの債務整理を選ぶかとは別に、個人事業主が事前に把握しておくべき論点があります。
事業用と個人用の借金は分けて考える必要がある
個人事業主には法人格がないため、法律上は事業用の借金も個人用の借金も区別されません。すべてあなた個人の債務として、まとめて債務整理の対象になります。
ただし実務上は性質が異なります。日本政策金融公庫や信用保証協会付きの融資には保証人が付いていることが多く、あなたが債務整理をすれば請求は保証人に向かいます。家族や共同経営者が保証人になっている場合、その影響を先に確認しておく必要があります。
まず着手すべきは、借入先・残高・金利・保証人の有無を一覧にすることです。この整理ができていないと、どの債務整理が適切かを判断できません。
手続き中の新規借入・返済の禁止事項
債務整理に着手した後は、次の行為が問題になります。
- 新規の借入:返済できないと分かっていながら借りる行為は、免責不許可事由として扱われるおそれがあります
- 偏頗弁済:特定の債権者にだけ返済する行為です。「取引先にだけは迷惑をかけたくない」という理由での支払いも、個人再生や自己破産では認められません
- 財産の隠匿・名義変更:売掛金を他人名義の口座で受け取る、設備を親族に移すといった行為は、免責が認められない原因になります
事業を続けたい気持ちから偏頗弁済に至る自営業者は少なくありません。取引先を守りたいのであれば、偏頗弁済ではなく、対象を選べる任意整理を検討すべきです。
税金の滞納がある場合は別途対応が必要
税金と社会保険料は非免責債権です。自己破産で免責を受けても支払義務は残ります。
さらに、受任通知の効力は税務署や自治体には及びません。滞納処分による差押えは、債務整理では止まりません。対応は債務整理とは別に、税務署や自治体の窓口で分割納付を相談する形になります。
もう一点、見落とされやすいのが債務免除益への課税です。事業上の債務が免除されると、その分は原則として事業所得の総収入金額に算入されます。
所得税法44条の2により、免責許可の決定を受けた場合や、資力を喪失して弁済が著しく困難な場合は算入しないと定められていますが、この適用を受けるには確定申告書への記載が必要です。手続きが終わった年の確定申告は、税理士に確認することをおすすめします。
取引先・仕入れ先への影響
債務整理のうち任意整理であれば取引先を対象から外せますが、個人再生と自己破産ではすべての債権者を対象にしなければなりません。買掛金がある仕入先も手続きに含まれます。
また、個人再生と自己破産は官報に掲載されます。一般の取引先が官報を確認することはまれですが、金融機関や信用調査会社は確認しています。掛け取引を断られ、現金仕入れへの切り替えを求められる可能性は想定しておくべきです。
債務整理後は事業資金の借入が難しくなる
これが個人事業主の債務整理における最大のデメリットです。
債務整理をすると信用情報機関に記録が登録されます。株式会社CICでは、返済状況を含むクレジット情報を「契約期間中および契約終了後5年以内」保有すると公表しています。
この期間は、金融機関の融資も日本政策金融公庫の借入も、事業用クレジットカードの審査も通りません。資金繰りを借入で調整するやり方は使えなくなります。債務整理を選ぶなら、借入に頼らない資金計画へ組み替えることが前提になります。
個人事業主が事業を失敗した後の債務整理について
事業をたたんでから債務整理の相談に来られる方も多くいます。廃業後だからといって、選択肢が失われるわけではありません。
事業をたたんだ後でも債務整理はできる
廃業届を提出した後でも、債務整理の手続きは問題なく利用できます。むしろ事業用資産の処分が済んでいるぶん、財産関係が整理されていて手続きが簡明になる場合もあります。
ただし、廃業しても消えない債務があります。
- 仕入先への買掛金
- リース契約の残債務
- 店舗の原状回復費用や解約違約金
- 税金・社会保険料の滞納分
これらを含めた総額を確認したうえで、どの債務整理を使うかを選ぶことになります。
再スタートに向けての準備
免責を受けた後に再び事業を始めることは、法律上禁止されていません。ただし現実的な準備は必要です。
- 資金計画:5年程度は融資を受けられない前提で、自己資金または借入以外の手段を軸に組み立てる
- 家計と事業の分離:口座を分け、帳簿をつける習慣をつくる。自営業の借金が膨らむ根本原因の多くはここにあります
- 補助金・助成金の活用:借入ではないため、信用情報の影響を受けにくい制度です
債務整理は事業の終わりではなく、返済に追われる状態から抜け出して立て直しに集中するための手段です。
個人事業主の債務整理に関するよくある質問
差し押さえが来てしまった場合でも債務整理は間に合いますか?
選んだ債務整理によって結論が変わります。自己破産や個人再生では、手続開始の決定によって給与や預金の差押えが中止・失効します。一方、任意整理は裁判所を通さないため、すでに始まっている差押えを止める効力はありません。
ただし税金の滞納処分による差押えは、どの手続きでも止まりません。また、売掛金の差押えは取引先に直接通知が届くため、事業への影響という点では最も急を要します。差押予告や訴状が届いた段階で、債務整理の相談に動いてください。
自己破産しても保証人には返済義務が残りますか?
残ります。免責の効力はあなた本人にしか及ばず、保証人の義務はそのままです。あなたが自己破産という債務整理を選べば、債権者は保証人に一括請求します。
信用保証協会付きの融資や、家族が保証人になっている借入がある場合は特に注意が必要です。保証人への影響を避けたい場合、その債権者だけを対象から外せる任意整理が選択肢になります。ただし外した債権者への返済は続くため、返済可能かどうかの検討が前提です。
まとめ
個人事業主の債務整理で押さえるべき点を整理します。
- 選ぶ基準は借金額ではなく、事業を続けるかどうか。続けるなら任意整理か個人再生、たたむ判断なら自己破産が軸になります
- 売掛金・在庫・設備は財産として扱われる。個人事業主の自己破産は管財事件になりやすく、東京地裁では予納金が最低20万円かかります
- 取引先を守りたいなら任意整理。個人再生と自己破産では全債権者が対象になり、取引先も巻き込みます
- 税金は債務整理では解決しない。非免責債権であり、滞納処分も止まりません。債務免除益の申告も別途必要です
- 債務整理の後、5年程度は借入ができない。借入に頼らない資金計画への組み替えが前提になります
事業を続けたいのか、一度たたんで立て直すのか。この判断さえ決まれば、選ぶべき債務整理はおのずと絞られます。
逆にいえば、この判断を先送りしている間は、どの手続きも選べないということでもあります。
個人事業主が相談に動くタイミングは、会社員よりも遅れる傾向があります。
「まだ売上が戻るかもしれない」「経営者が借金の相談をするのは情けない」——そうした気持ちが判断を遅らせます。ただ、返済に追われながら事業の立て直しを考えるのは現実的ではありません。
債務整理は事業の失敗を認めるための手続きではなく、返済から手を離して立て直しに集中するための手段です。
そして個人事業主の場合、遅れの代償は金額だけでは済みません。売掛金を差し押さえられれば取引先に通知が届き、時間をかけて積み上げてきた信用が失われます。これは債務整理をしても取り戻せないものです。
まずは、借入先・残高・金利・保証人の有無を一覧にしてください。方向性が決まっていない段階でも、この一覧さえあれば、どの債務整理が現実的かはその場で見えてきます。
差押えが動き出す前が、選択肢が最も多く残っている時期です。